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東京都 新宿 <花園神社>


靖国通りに面した鳥居


GXR + A16

新宿の街中にある花園神社を訪ねてみました。
鮮やかな朱色が印象的。

倉稲魂命(花園神社)・日本武尊(大鳥神社)・受持神(雷電神社)の
3柱の神を祀っているとのこと。
敷地内では各種劇団による催し物などが定期的に開かれ、新宿の街の文化の一翼も担っている事でも知られているそうです。

2016.8.14.訪問

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東京都 巣鴨 <庚申塚・猿田彦大神>


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とげぬき地蔵から600m、都電荒川線の手前の交差点にあるお堂。
猿田彦大神を祀るお堂で、中には庚申塚があるそうです。

猿田彦」は、
謎の多い神様で、全国各地に猿田彦神社や白鬚神社に祀られ、
その異形な風貌から赤鼻の天狗とされるとのこと。
手塚治虫の『火の鳥』シリーズでは、鼻が大きいという身体的特徴を持った
「猿田」もしくは「サルタヒコ」という人物が多く登場するそうです。
また、天狗の原形、「天地を照らす神」ということから天照大神以前に伊勢で信仰されていた太陽神だったとする説、 江戸時代に入って「サル」の音から庚申講と結び付けられたほか、垂加神道では「導きの神」として神道の「教祖」とされるなど複雑な神格を持つとのこと。

道祖神の猿田彦
天孫降臨の際に道案内をしたということから、道の神、旅人の神とされるようになり、道祖神と同一視された。そのため全国各地で塞の神・道祖神が「猿田彦神」として祀られている 
とのこと。


庚申塚 (庚申塔)とは、
中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てることから庚申塚と呼ばれる。
(ウィキペディアより)

庚申講(庚申待ち)とは、
人間の体内にいるという三尸虫(さんしちゅう)という虫が、庚申(かのえさる・こうしん)の日の夜寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くとされていることから、それを避けるためとして庚申の日の夜は夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀り、勤行をしたり宴会をしたりする風習である。 
(ウィキペディアより)

ちなみに、交差点の先にある荒川線の駅も「庚申塚」です。  

2016.8.14.訪問

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東京都 巣鴨 <とげ抜き地蔵・高岩寺>



洗い観音

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「おばあちゃんの原宿」
で有名な地蔵通り商店街。巷の噂・評判とは裏腹に、
景観が素晴らしいわけでもなく、私の目には普通の商店街に見えました。

その商店街から見た、とげ抜き地蔵の入り口の門。
柱はなんと御影石仕上げ。
お寺自体も非常に狭い敷地に門と本堂と洗い観音があるのと、
狭い境内では露天商が怪しい店を出しているのみ。
特に魅力があるわけでもありません。
本堂は、東北大学教授の設計による鉄筋コンクリート造、昭和32年の建立。
平成21年、国の登録有形文化財に登録されたそうですが、
狭い敷地のためもあり、その外観を見る人はほとんどいないと思われます。

このお寺の魅力は、とげ抜き地蔵の由来である「御影」というお札にあるようです。
その御影のご利益を求めて高齢者を中心に参拝者が絶えないそうです。

でも、お寺で一番行列ができていたのは、石造の聖観音「 洗い観音」
 参拝者自身の治癒したい部分に相応する観音像の部分を洗うと
ご利益があるということ。
たわしで洗われ続けた石像は磨耗が激しかったため、
平成4年に奉納された2代目の像にバトンタッチ。
現在は、タオルで洗うようになっています。
ちなみに、
洗い観音の目と鼻の先で露天商が白いタオルを
¥100で売っていました。商売繁盛です。

高齢者は、病気に悩む人が多いということですね。

2016.8.14.訪問

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東京都 巣鴨 <真性寺・江戸六地蔵>



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とげ抜き地蔵の手前にある真性寺
 道路からも大きな地蔵さんが見えます。
このお地蔵さんは、
銅像地蔵菩薩坐像で東京都指定有形文化財(彫刻) だそうで、
1714年に造られた、江戸六地蔵の4番目(巡拝では3番目)とのこと。
六つの地蔵さまがいるわけではなく、
宝永から享保年間にかけて 
江戸の出入口6箇所に造立された銅造地蔵菩薩坐像
だそうで、ここは中山道。 

        第1番
品川寺




東京都品川区南品川三丁目5-17
        第2番
東禅寺




東京都台東区東浅草二丁目12-13
        第3番
太宗寺




東京都新宿区新宿二丁目9-2
        第5番
霊巌寺




東京都江東区白河一丁目3-32









6番は富岡八幡宮の二の鳥居付近にあったが、
明治元年(1868年)の神仏分離令による廃仏毀釈により、
旧永代寺が廃寺になり取り壊されたそうです。
 
 詳しくは、ウィキペディア等をご覧ください。

2016.8.14.訪問

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東京都 湯島 <湯島天神>


表鳥居
 
拝殿

拝殿
 
  本殿

 戸隠神社

全て GXR + A16

神田明神の北、800mほどに位置する湯島天神。
江戸時代から「湯島天満宮」「湯島天神」と呼ばれており、
湯島天神」は通称。
湯島神社」の名称は明治から平成12年までの正式名称。

平成12年に正式名称を「湯島天満宮」に改めたそうです。

神田明神と同様に道路に面して銅製の鳥居が立ちます。
寛文7年(1667年)創建の都指定文化財とのこと。

本殿と拝殿は、平成7年の再建。
樹齢二百五十年といわれる木曽檜造りで、
新しくて他の神社とは趣が違います。 
湯島天神のHP 

建築の法律的には、
万全の防災設備をととのえ、(財)防災性能評定委員会の一年近い慎重審議を経て、
 防火地域内における建設大臣認定第一号として特に木造建築が許可されたとのこと。

本殿裏にひっそりと佇む戸隠神社は、
道真公の合祀以前から祀られていた、湯島天神の地主神。
だそうです。
湯島天神のHPでは紹介されていません。
ちょっと残念ですね。 


 帰り道は、北側の春日通りを右に進み、創業100年の
みつばち本店 
で、抹茶のアイス最中をいただきました。
FB!

2016.8.12.訪問
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東京都 外神田 <神田明神>




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湯島聖堂の北側、本郷通りに鳥居が建つ神田明神。
1300年の歴史を持つ、神田にはなくてはならない神社、
のようですが、 
現在は、ラブライブとのコラボレーションにも力を入れている
ミーハーな神社のようです。
私は、『ラブライブ』もよく知りませんが、
境内では、¥400のガチャガチャも販売されていました。
ちなみに、御神殿の中には、マスコット
江戸っ子「みこしー」も鎮座しておられました。

少し硬めの 神田明神のHP 
でもこちらが メインのHP 

厳かな雰囲気を感じないユニークな神社でした。
また、御朱印には「神田神社」と書かれていました。 
正式名称は、神田神社なんでしょうか?

ところで、湯島にある湯島聖堂の北側にあるのに、外神田なんですね。

2016.8.12.訪問
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東京都 湯島 <湯島聖堂>




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1年3ヶ月ぶりの町歩き。
御茶ノ水駅から湯島までを歩いてみました。

 普段は目にも止めないのですが、
今日は『聖橋』の写真を撮ろうと意気込んで出かけました。
しかし、着いてみると足場が全面にかかっていて
全く姿を見ることができませんでした。
改修工事中とのこと。 

聖橋を渡って右手の 湯島聖堂
Google Map では、かなり大きく表示しないと
建物名称が表示されませんし、歴史に疎い私は全く知らない建物でした。
詳しくは 湯島聖堂のHP を。

敷地内は、人もまばら。建物も独特の雰囲気。
世界最大の孔子の銅像とたくさんの楷の木が印象的でした。
敷地の周りには築地塀も。

2016.8.12.訪問
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東京都 神田(その7) <アナンダ工房>




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外壁に銅板を葺いたレトロな建物。
〈看板建築〉と呼ばれる建物になるのでしょうか。
 緑色は古い銅板。
茶色の部分は、新しい銅板が落ち着いてきたところでしょうか?
銅板の質感とすてきなデザインが何とも言えない雰囲気を出しています。
東京駅のドーム外壁の改修でも銅板が使われており、
いい雰囲気を出しています。

看板の名前をインターネットで検索してみたところ、
「アナンダ工房」
という店舗であることがわかりました。
インドの自然素材の婦人服を販売するお店のようです。

甘味処「竹むら」の並びでたまたま見つけました。
神田須田町は、レトロな建築の穴場ですね。

2015.4.30.訪問
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東京都 神田(その6) <いせ源>





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東京都 歴史的建造物の指定を受けている 
あんこう料理「いせ源本館」。

木造入母屋造り。
2階の欄干に施された、菱形模様の彫りが印象的。
木製の看板は建築当時から使用しているものだそうです。
(平成8年補修)

お向かいさんが 甘味処の「竹むら」。
この界隈だけ、高い建物が建っていないのが不思議です。

2015.4.30.訪問

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東京都 神田(その5) <山本歯科医院>


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山本歯科医院
 医院のHPによると、
明治30年創業の歯科医院。
平成15年に千代田区景観まちづくり重要物件に指定。
平成17年に登録有形文化財に指定。
とありますが、
千代田区の指定リストにはありません。
重要文化財に指定されたため、  
千代田区景観まちづくり重要物件の指定は解除されたものと思われます。

外観も魅力的な外観ですが、医院のHPを見ると内装も非常に魅力的です。
腰が板壁で壁は漆喰塗り(?)で白を基調としたシンプルな内装。
ちょっと驚きなのが面積。
国のHPによると建築面積が48㎡とのこと。
間口が6mだとしたら、奥行きは8m。 
この大きさに、医院と住宅を納めているのは、昨今で言うところの
「狭小建物」です。

外壁の菱形の模様は医院のロゴマークに、
最上部の茶色のボーダーは、HPのデザインにも使われているようです。

甘味処「竹むら」を見に来て、たまたま見つけました。

登録有形文化財(建造物)
<文化庁のHPより>
昭和4年。木造3階建、亜鉛メッキ鋼板葺、建築面積48㎡
靖国裏通り沿いに北面して建つ,木造3階建,切妻造,金属板葺の診療所兼住宅。
入口付近等に改造が認められるが,全体に創建時の様子を良く残す。
関東大震災復興期における看板建築の遺構で,
軒蛇腹,看板,菱形装飾などによる正面の外観意匠に特徴がある。


2015.4.30.訪問
 
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東京都 神田(その4) <竹むら>




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東京都 歴史的建造物の指定を受けている
甘味処の「竹むら」。
ぜんざいやあげ饅頭が有名なお店。
次から次と人が訪れていました。

木造入母屋造り。
2階の欄干に竹と梅模様が彫られているはずなのですが、
手ブレしてしまい写真に残せませんでした。
3枚目の写真は、軒下に下げられている木製の提灯
外観は屋根と庇で4層に見えるとのこと。
店舗内部も昔のままの造りでした。

「神田まつや」の北東側のブロック。
向かい側にはあんこう料理の「いせ源」。
北側のブロックには焼失してしまったあの「薮蕎麦」が
新しい平屋建ての建物で営業を再開していました。


2015.4.30.訪問


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東京都 谷中(その2)


夕焼けだんだんから南西に伸びる路地にある
錻力屋さん

ガラス戸に書かれた白い文字は
『錻力店 吉川』
ブリキ店です。
板金屋さんですね。
他のHPによると、
建物の前に鎮座する灯籠もブリキ製のようです。

錻力屋さんの雨樋の右側の飾り金物。
どういう物なのかは、不明です。

同じく、左側の雨樋と呼樋。
破風板まで、板金で包んであります。
雨樋の向こう側に見えているのは、雨戸の戸袋。 
鏡板の造りが眼を引きます。
出桁の鼻先にも板金が施されています。

錻力屋さんと同じ通りにある建物。
看板には「香隣舎」とあります。
インターネットで調べてみると、ギャラリー等のスペースとして
貸し出されているようです。
こちらの出桁の鼻先の保護は一般的な白い胡粉塗り?です。

香隣舎の正面の路地を入るとすぐに現れる、
築地塀。
ここにあるのは、残念ながら築地塀のみ。

築地塀を過ぎて右手方向へしばらく行くと、
岡倉天心記念公園へ。
天心ゆかりの六角堂がひっそりと建つ小さな公園です。
六角堂の中には天心の座像が安置されていました。
この公園は、天心が横山大観とともに設立した、
日本美術院の跡地だそうです。

谷中の喫茶店「カヤバ珈琲」
写真には写っていませんが、
食事を待つ人がたくさん列を作っていました。
詳しくはこちらを

佃島には、記録的な古い建物は数件しかありませんでしたが、
谷中は広い地区ということもあり、
たくさんの古い建物が残っていました。
古い街並が形成されるほどに残っていると良かったのですが。

街を散策する外国人をたくさん見かけました。
まだまだ見残した場所がたくさんあります。
141102 根津〜谷中〜上野を訪問。

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東京都 千駄木




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千駄木

一枚目は、千代紙の店先。
昔からある有名な店のようです。

次の2枚は、千駄木駅から少し来たところの煎餅屋。
2Fの外壁は漆喰塗り。
両店ともに繁盛していました。

141102 根津〜谷中〜上野を訪問。
 
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東京都 谷中(その1)  <谷中銀座と夕やけだんだん>



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谷中銀座と夕やけだんだん

三連休の谷中銀座。
ここだけが多くの人でにぎわっており、
お団子等の食べ物がたくさん売られていました。

2枚目の写真の中央に見えるのが夕やけだんだん。
階段状の道路です。
ウィキペディアによると
「夕焼けが美しいことと、下町情緒が感じられる名前として、
森まゆみが命名」とあります。
141102 根津〜谷中〜上野を訪問。
 
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東京都 根津 <はん亭>




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根津 はん亭
はん亭のホームページ

根津駅からすぐの大通り沿いにある登録有形文化財(建造物)。
明治時代に建てられ、関東大震災にも耐えた、
総けやき造り木造3階建ての元日本家屋。

道路拡張工事に伴い建物が削られてしまったそうです。
その傷跡が3枚目の写真。
立て格子状の化粧は、やらい【矢来】とのこと。

はん亭のホームページで建物の生い立ちが確認できます。
根津界隈の話しも。

以下は、文化庁の解説文
不忍通りと一本東側の小路に挟まれた敷地の小路側角地に建つ。
木造3階建、瓦葺寄棟屋根のもと店舗建築。
ほぼ同面積、同高の階を三層に重ねたせいの高い町屋で、
根津地区のランドマークとして知られる。
現在は内部を改装して串揚屋になっている。
 141102 根津〜谷中〜上野を訪問。
 
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東京都 上野公園 <時鐘堂>


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時鐘堂

1687年に深川の芭蕉庵で暮らしていた松尾芭蕉が詠んだ句、
『花の雲 鐘は上野か 浅草か』
は、この鐘を詠んだ句。

江戸時代、人々に時を知らせていたのが
『時の鐘』。
江戸市中には9か所の時の鐘があり、
2時間ごとに時刻を告げていたそうです。

その中のひとつが、この寛永寺の鐘。
現在も、朝夕6時と正午の3回、
昔ながらの音色を響かせているそうです。

観光パンフレットではこの時鐘堂が紹介されていないようです。
詳しくは   寛永寺 のHPを。

141102 根津〜谷中〜上野を訪問。

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東京都 上野公園 <上野大仏パゴタ(仏塔)>


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上野大仏パゴタ(仏塔)

上野公園内の小高い丘の上に建つかわいい塔。
大仏殿の跡地に建立された仏塔(パゴダ)とのこと。
内部には、 薬師三尊像が祀られています。
小振りで奇麗な仏像でした。
祀られているのは、旧薬師堂本尊の薬師三尊像だそうです。

大仏殿の跡地とは、
もともとこの地にあった上野の大仏様の跡地。
上野の大仏様は、1631年に初建されましたが度々罹災、
さらに関東大震災によりお首が落ち、
第二次大戦時には、軍の供出令により胴体を徴用され、
お顔のみが残されたとのこと。

そのお顔は、写真の右手に。
大きさは、人の背丈ほどでした。

この仏塔は、構造建築ではありません。
詳しくは   寛永寺 のHPを。

141102 根津〜谷中〜上野を訪問。

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東京都 柴又 <柴又帝釈天>


寅さんで有名な
柴又の帝釈天を訪れてみました。



 帝釈天へ向かう参道。
曇り空の天気ながら多くの人でにぎわっています。
奥に見えるのが帝釈天 二天門


二天門の正面、屋根を見上げたところ。
 ウィキペディアによると、
明治29年(1896年)の建立。入母屋造瓦葺の楼門(2階建て門)で、屋根には唐破風と千鳥破風を付す。柱上の貫などには浮き彫りの装飾彫刻を施す。
とあります。


こちらが、二天門入口上部。
柱上の貫廻り。
あらゆるところに彫刻が施されています。


中に入って左手の手水舎。
神社の物とはまったく異なった形式です。


境内正面に位置する帝釈堂。
その正面側の拝殿の奥にある内殿の彫刻。
内殿の外壁全面に彫刻が施されています。
拝観は有料、外人さんもたくさん来ていました。


 2
三車火宅の図の一部


 3
慈雨等潤の図の一部


 4
法師修行の図の一部


8
病即消滅の図の一部


壁上部の組み物。
獅子と龍の彫刻になっています。


こちらは、土台コーナー部の組み物。
大きな龍の彫刻です。


こちらも別なコーナー部。
龍の彫刻は、かなりの数がありますが、
すべて違うデザインになっているようです。


力貫の端部を保護する飾り金物。
銅製でしょうか。


回廊を回った奥にある庭園。

参道の街並に期待して来てみたのですが、
彫刻の美しさとその量に驚かされるばかり。
もっとよく調べててから来るべきだったと反省しています。
また、彫刻の写真を撮りに来たいものです。

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