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東京都 新宿 <花園神社>


靖国通りに面した鳥居


GXR + A16

新宿の街中にある花園神社を訪ねてみました。
鮮やかな朱色が印象的。

倉稲魂命(花園神社)・日本武尊(大鳥神社)・受持神(雷電神社)の
3柱の神を祀っているとのこと。
敷地内では各種劇団による催し物などが定期的に開かれ、新宿の街の文化の一翼も担っている事でも知られているそうです。

2016.8.14.訪問

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東京都 巣鴨 <とげ抜き地蔵・高岩寺>



洗い観音

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「おばあちゃんの原宿」
で有名な地蔵通り商店街。巷の噂・評判とは裏腹に、
景観が素晴らしいわけでもなく、私の目には普通の商店街に見えました。

その商店街から見た、とげ抜き地蔵の入り口の門。
柱はなんと御影石仕上げ。
お寺自体も非常に狭い敷地に門と本堂と洗い観音があるのと、
狭い境内では露天商が怪しい店を出しているのみ。
特に魅力があるわけでもありません。
本堂は、東北大学教授の設計による鉄筋コンクリート造、昭和32年の建立。
平成21年、国の登録有形文化財に登録されたそうですが、
狭い敷地のためもあり、その外観を見る人はほとんどいないと思われます。

このお寺の魅力は、とげ抜き地蔵の由来である「御影」というお札にあるようです。
その御影のご利益を求めて高齢者を中心に参拝者が絶えないそうです。

でも、お寺で一番行列ができていたのは、石造の聖観音「 洗い観音」
 参拝者自身の治癒したい部分に相応する観音像の部分を洗うと
ご利益があるということ。
たわしで洗われ続けた石像は磨耗が激しかったため、
平成4年に奉納された2代目の像にバトンタッチ。
現在は、タオルで洗うようになっています。
ちなみに、
洗い観音の目と鼻の先で露天商が白いタオルを
¥100で売っていました。商売繁盛です。

高齢者は、病気に悩む人が多いということですね。

2016.8.14.訪問

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東京都 巣鴨 <真性寺・江戸六地蔵>



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とげ抜き地蔵の手前にある真性寺
 道路からも大きな地蔵さんが見えます。
このお地蔵さんは、
銅像地蔵菩薩坐像で東京都指定有形文化財(彫刻) だそうで、
1714年に造られた、江戸六地蔵の4番目(巡拝では3番目)とのこと。
六つの地蔵さまがいるわけではなく、
宝永から享保年間にかけて 
江戸の出入口6箇所に造立された銅造地蔵菩薩坐像
だそうで、ここは中山道。 

        第1番
品川寺




東京都品川区南品川三丁目5-17
        第2番
東禅寺




東京都台東区東浅草二丁目12-13
        第3番
太宗寺




東京都新宿区新宿二丁目9-2
        第5番
霊巌寺




東京都江東区白河一丁目3-32









6番は富岡八幡宮の二の鳥居付近にあったが、
明治元年(1868年)の神仏分離令による廃仏毀釈により、
旧永代寺が廃寺になり取り壊されたそうです。
 
 詳しくは、ウィキペディア等をご覧ください。

2016.8.14.訪問

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東京都 湯島 <湯島天神>


表鳥居
 
拝殿

拝殿
 
  本殿

 戸隠神社

全て GXR + A16

神田明神の北、800mほどに位置する湯島天神。
江戸時代から「湯島天満宮」「湯島天神」と呼ばれており、
湯島天神」は通称。
湯島神社」の名称は明治から平成12年までの正式名称。

平成12年に正式名称を「湯島天満宮」に改めたそうです。

神田明神と同様に道路に面して銅製の鳥居が立ちます。
寛文7年(1667年)創建の都指定文化財とのこと。

本殿と拝殿は、平成7年の再建。
樹齢二百五十年といわれる木曽檜造りで、
新しくて他の神社とは趣が違います。 
湯島天神のHP 

建築の法律的には、
万全の防災設備をととのえ、(財)防災性能評定委員会の一年近い慎重審議を経て、
 防火地域内における建設大臣認定第一号として特に木造建築が許可されたとのこと。

本殿裏にひっそりと佇む戸隠神社は、
道真公の合祀以前から祀られていた、湯島天神の地主神。
だそうです。
湯島天神のHPでは紹介されていません。
ちょっと残念ですね。 


 帰り道は、北側の春日通りを右に進み、創業100年の
みつばち本店 
で、抹茶のアイス最中をいただきました。
FB!

2016.8.12.訪問
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東京都 外神田 <神田明神>




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湯島聖堂の北側、本郷通りに鳥居が建つ神田明神。
1300年の歴史を持つ、神田にはなくてはならない神社、
のようですが、 
現在は、ラブライブとのコラボレーションにも力を入れている
ミーハーな神社のようです。
私は、『ラブライブ』もよく知りませんが、
境内では、¥400のガチャガチャも販売されていました。
ちなみに、御神殿の中には、マスコット
江戸っ子「みこしー」も鎮座しておられました。

少し硬めの 神田明神のHP 
でもこちらが メインのHP 

厳かな雰囲気を感じないユニークな神社でした。
また、御朱印には「神田神社」と書かれていました。 
正式名称は、神田神社なんでしょうか?

ところで、湯島にある湯島聖堂の北側にあるのに、外神田なんですね。

2016.8.12.訪問
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千葉県 成田山新勝寺 <三重塔>






成田山新勝寺の三重塔。

1712年建立の重要文化財。
高さは約25m。
軒裏の色彩が印象的でした。

三重塔の右に建つのが
1722年建立の一切経堂(いっさいきょうどう)。
その右側は、鐘楼(しょうろう)。
ともに色彩豊かな建物でした。

この奥に「聖徳太子堂」という夢殿のようなお堂があるのですが、
人の姿がまったくありませんでした。
平成4年建立ということで、
私もまったく興味がなく、足を運びませんでした。

2014.12.28.訪問

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千葉県 成田山新勝寺


 総門
残念ながら?、2007年の建立の新しい建物。
でも、現代でもこんなにすばらしい建物を造ることができるんですね。
結構、きらびやかです。

 大本堂
こちらも新しい建物で1986年(昭和43年)建立。
私は、中国の建物を思い起こしました 。
建物手前の二本の木の間に渡してあるのがしめ縄。
この寺独自のしめ縄だそうです。


 三重塔
大本堂を左に進んだところから。
中央が三重塔。左の建物が大本堂。

 
 釈迦堂
1858年建立の重要文化財。
 かつての本堂。
装飾が奇麗で、総欅造りだそうです。

 釈迦堂
釈迦堂の裏側3面には彫刻が。
写真は五百羅漢の彫刻。
他に二十四孝の彫刻。
柴又の帝釈天とよく似ています。

 
光明堂と平和の大塔
左手の建物が光明堂。
1701年建立の重要文化財で、釈迦堂の前の本堂。

写真中央が平和の大塔。
1984年(昭和59年)建立。
遠くからもよく見えるシンボル的な塔。
ただし、アプローチの雰囲気が悪く、近くで見ると巨大で、
ありがたみも感じない貧相な造りでした。
もしかして商業的に造られた建物?
(これは、私の勝手な感想です。)

もう1棟、
「額堂」という重要文化財のお堂があるのですが、
残念ながら耐震改修中で
姿も見ることができませんでした。

2014.12.28.訪問

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東京都 柴又 <柴又帝釈天>


寅さんで有名な
柴又の帝釈天を訪れてみました。



 帝釈天へ向かう参道。
曇り空の天気ながら多くの人でにぎわっています。
奥に見えるのが帝釈天 二天門


二天門の正面、屋根を見上げたところ。
 ウィキペディアによると、
明治29年(1896年)の建立。入母屋造瓦葺の楼門(2階建て門)で、屋根には唐破風と千鳥破風を付す。柱上の貫などには浮き彫りの装飾彫刻を施す。
とあります。


こちらが、二天門入口上部。
柱上の貫廻り。
あらゆるところに彫刻が施されています。


中に入って左手の手水舎。
神社の物とはまったく異なった形式です。


境内正面に位置する帝釈堂。
その正面側の拝殿の奥にある内殿の彫刻。
内殿の外壁全面に彫刻が施されています。
拝観は有料、外人さんもたくさん来ていました。


 2
三車火宅の図の一部


 3
慈雨等潤の図の一部


 4
法師修行の図の一部


8
病即消滅の図の一部


壁上部の組み物。
獅子と龍の彫刻になっています。


こちらは、土台コーナー部の組み物。
大きな龍の彫刻です。


こちらも別なコーナー部。
龍の彫刻は、かなりの数がありますが、
すべて違うデザインになっているようです。


力貫の端部を保護する飾り金物。
銅製でしょうか。


回廊を回った奥にある庭園。

参道の街並に期待して来てみたのですが、
彫刻の美しさとその量に驚かされるばかり。
もっとよく調べててから来るべきだったと反省しています。
また、彫刻の写真を撮りに来たいものです。

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東京都 柴又 <柴又帝釈天(帝釈堂の彫刻)>


寅さんで有名な柴又の帝釈天を訪れました。
今までその存在も知らなかった彫刻の美しさに魅了されました。

正式名称は、
経栄山 題経寺
(きょうえいざん だいきょうじ)
二天門を入った境内正面に位置するのが帝釈堂。手前の拝殿と奥の内殿から成る。
彫刻ギャラリー
 帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が著名である。 これは、法華経に説かれる代表的な説話10話を選び視覚化したもので、大正11年(1922年)から昭和9年(1934年) にかけて、加藤寅之助ら10人の彫刻師が1面ずつ分担制作した。 この羽目板の上方には十二支と天人、下方には千羽鶴が表され、高欄(縁)より下の部分には、花鳥および亀を浮き彫りで表す。 これらの彫刻を保護するため、内殿は建物ごとガラスの壁で覆われ、見学者用の通路を設け、「彫刻ギャラリー」と称して一般 公開している。
(「彫刻ギャラリー」と大客殿、庭園の見学は有料)。 
<以上、ウィキペディア より>


以下が、10面の彫刻です。

1
塔供養の図
今、日月燈明佛の眉間から光が放たれると、東方一萬八千の佛国土が照らし出されます。
それらの佛国土では、さかんに塔供養が行われているのが見えます。
このような光景が見られることは、「法華経」の演説される前ぶれです。


2
三車火宅の図
三車とは、羊・鹿・牛がひく三種の車のことで、火宅とは燃える家のことです。
わらわれ凡夫は、火宅の中で遊びたわれる子供と同じで何のおそれも感じません。
父親は、子供たちを救出するために三つの車を用意したのです。


3
慈雨等潤の図
佛の慈悲深い教えは、あまねく地上を潤す慈雨と同じです。
今、雷神と風神が現われて、雨をふらし、大地には、緑があふれ、
さまざまな花々が咲きほこります。
天人たちも地上の楽園に舞いおりて来ました。
  

4
法師修行の図
インドでは、法師たちは森の中や洞窟の中で独り静かに修行をしています。
しかし、虎や狼の危険があり、心淋しく、修行はきびしいものです。
その修行者を励ますために、佛が立ち現われたり、
象に乗った普賢ぼさつが姿を現すのです。
  

5
多宝塔出現の図
「法華経」を信仰するところでは、多宝塔(多宝如来の塔)が、
地面から涌き出してきて人々の信仰をほめたたえます。
人々は歓喜にふるえ、一心にその塔を礼拝します。
人々の顔には、法悦のほほえみが浮かんでいます。


6
千載給仕の図
阿私仙(アシセン)という仙人が、「法華経」という尊い教えを持っていました。
この仙人について私は千年の間、給仕のまことを捧げ、水を、汲み、
薪を拾い、果の実を採り、ある時には仙人の腰掛になりました。
法華経を知りたいための修行でした。
  

7
龍女成佛の図
「法華経」では、女性が成佛できることを説示します。
今、龍王の娘で、八才になる智慧にすぐれ弁舌さわやかなこの娘は、
多くの教えを理解し、不動の境地に達しました。
波の上にあって龍女が宝珠を佛に捧げています。
  

8
病即消滅の図
「法華経」は、全世界の人びとの病の良薬です。
もしある人が病にかかり、この「法華経」を聞く幸運に恵まれたら、
たちどころに病はなおり、不老不死の境地を得ることができるのです。
 

9
常不軽菩薩受難の図
法華経功徳の図

常不軽ぼさつは、「常に人を軽べつしない」という修行をしていましたが、
却って迫害を受けました。又「法華経」は、寒さに火を得たように、
子のところに母親が来たように、渡りに舟を得たように、
闇に灯りを得たように救いの道を示すのです。
  

10
法師守護の図
「法華経」を
受持(ジュジ)・読(ドク)・誦(ジュ)・解説(ゲセツ)・書写(ショシャ)
することを、法師の五種の修行と言います。
まず経をたもつことを誓い、読み、あるいは誦して、解き明かし、
経文を書き写して法華経をひろめます。
修行する法師を 天人も阿修羅も協力して守護するのです。 


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