千葉県 佐原 <小野川沿い>








佐原・小野川沿いの街並。

東日本大震災の被害が多かったそうで、
ところどころ、いまだに傷跡が残っていました。
また、被害の修復で建物の一部に手が加えられ、
昔の街並を崩してしまっている場合も。
残念です。

それでも、街ぐるみで街並の保存に取り組んでいるらしく、
多くの建物が古い街並を形成しています。

2014.12.27.訪問

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千葉県 成田山新勝寺 <表参道>


 参道の中程で新勝寺が見え始めました。


 1枚目の写真の右側に写っている
「川豊」の店先。
大量のうなぎをさばいていました。
この右側では、串焼きに。
写真奥が客席。
朝の10:45ですが、満席でした。


 川豊を坂の下から見上げたら、
まるで、ジブリの千と千尋の建物のようでした。


こちらもまるで千と千尋の建物のよう。


大型の路線バスも通り、
歩行者専用道路でないのが残念でした。
佐原同様に、うなぎが有名らしいですね。


2014.12.28.訪問

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千葉県 成田山新勝寺 <三重塔>






成田山新勝寺の三重塔。

1712年建立の重要文化財。
高さは約25m。
軒裏の色彩が印象的でした。

三重塔の右に建つのが
1722年建立の一切経堂(いっさいきょうどう)。
その右側は、鐘楼(しょうろう)。
ともに色彩豊かな建物でした。

この奥に「聖徳太子堂」という夢殿のようなお堂があるのですが、
人の姿がまったくありませんでした。
平成4年建立ということで、
私もまったく興味がなく、足を運びませんでした。

2014.12.28.訪問

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千葉県 成田山新勝寺


 総門
残念ながら?、2007年の建立の新しい建物。
でも、現代でもこんなにすばらしい建物を造ることができるんですね。
結構、きらびやかです。

 大本堂
こちらも新しい建物で1986年(昭和43年)建立。
私は、中国の建物を思い起こしました 。
建物手前の二本の木の間に渡してあるのがしめ縄。
この寺独自のしめ縄だそうです。


 三重塔
大本堂を左に進んだところから。
中央が三重塔。左の建物が大本堂。

 
 釈迦堂
1858年建立の重要文化財。
 かつての本堂。
装飾が奇麗で、総欅造りだそうです。

 釈迦堂
釈迦堂の裏側3面には彫刻が。
写真は五百羅漢の彫刻。
他に二十四孝の彫刻。
柴又の帝釈天とよく似ています。

 
光明堂と平和の大塔
左手の建物が光明堂。
1701年建立の重要文化財で、釈迦堂の前の本堂。

写真中央が平和の大塔。
1984年(昭和59年)建立。
遠くからもよく見えるシンボル的な塔。
ただし、アプローチの雰囲気が悪く、近くで見ると巨大で、
ありがたみも感じない貧相な造りでした。
もしかして商業的に造られた建物?
(これは、私の勝手な感想です。)

もう1棟、
「額堂」という重要文化財のお堂があるのですが、
残念ながら耐震改修中で
姿も見ることができませんでした。

2014.12.28.訪問

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東京都 谷中(その2)


夕焼けだんだんから南西に伸びる路地にある
錻力屋さん

ガラス戸に書かれた白い文字は
『錻力店 吉川』
ブリキ店です。
板金屋さんですね。
他のHPによると、
建物の前に鎮座する灯籠もブリキ製のようです。

錻力屋さんの雨樋の右側の飾り金物。
どういう物なのかは、不明です。

同じく、左側の雨樋と呼樋。
破風板まで、板金で包んであります。
雨樋の向こう側に見えているのは、雨戸の戸袋。 
鏡板の造りが眼を引きます。
出桁の鼻先にも板金が施されています。

錻力屋さんと同じ通りにある建物。
看板には「香隣舎」とあります。
インターネットで調べてみると、ギャラリー等のスペースとして
貸し出されているようです。
こちらの出桁の鼻先の保護は一般的な白い胡粉塗り?です。

香隣舎の正面の路地を入るとすぐに現れる、
築地塀。
ここにあるのは、残念ながら築地塀のみ。

築地塀を過ぎて右手方向へしばらく行くと、
岡倉天心記念公園へ。
天心ゆかりの六角堂がひっそりと建つ小さな公園です。
六角堂の中には天心の座像が安置されていました。
この公園は、天心が横山大観とともに設立した、
日本美術院の跡地だそうです。

谷中の喫茶店「カヤバ珈琲」
写真には写っていませんが、
食事を待つ人がたくさん列を作っていました。
詳しくはこちらを。

佃島には、記録的な古い建物は数件しかありませんでしたが、
谷中は広い地区ということもあり、
たくさんの古い建物が残っていました。
古い街並が形成されるほどに残っていると良かったのですが。

街を散策する外国人をたくさん見かけました。
まだまだ見残した場所がたくさんあります。
141102 根津〜谷中〜上野を訪問。

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東京都 千駄木




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千駄木

一枚目は、千代紙の店先。
昔からある有名な店のようです。

次の2枚は、千駄木駅から少し来たところの煎餅屋。
2Fの外壁は漆喰塗り。
両店ともに繁盛していました。

141102 根津〜谷中〜上野を訪問。
 
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東京都 谷中(その1)  <谷中銀座と夕やけだんだん>



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谷中銀座と夕やけだんだん

三連休の谷中銀座。
ここだけが多くの人でにぎわっており、
お団子等の食べ物がたくさん売られていました。

2枚目の写真の中央に見えるのが夕やけだんだん。
階段状の道路です。
ウィキペディアによると
「夕焼けが美しいことと、下町情緒が感じられる名前として、
森まゆみが命名」とあります。
141102 根津〜谷中〜上野を訪問。
 
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